私はただ生きたいだけだ

ノイローゼとして10年以上社会に溶け込むべく生きてきたが、そろそろ限界を感じている

私は頭脳明晰で、人当たりが良く、柔和で、ウィットに富んだ第一印象を与える

f:id:s-munemichi:20170312171443j:plain 残念ながら、私は、頭脳がどこかボヤけていて、抜けていて、人見知りで、臆病で、悪い意味で真面目で、冗談の通じない人間である。

にもかかわらず、私の第一印象はすこぶる良い。

私の第一印象力は53万です

多くの人が初対面で私としばらく話をすると「落ち着いていますね」と言う。「根暗」の裏返しではない。彼らの多くは心から私を評価してくれる。

無敵の面接屋

私のこの圧倒的な第一印象力は、これまで就職面接の場で特に発揮されてきた。

私は人生において複数回の就職面接を受けてきた。そしてその「すべて」に通過してきた(これは誇張ではない)。

新卒の時だけでなく、アルバイトの面接や、転職の面接も受けてきた。次第に年齢に要求されるスキルセットが追いつかなくなっていくなかでも、面接を受けてきた。しかしそれでも、私はいわゆる「ポテンシャル採用」みたいな枠で面接を通過し続けた。

要するに私は、書類上のカタログスペックさえ足切りにかからなければ、常に相手に「掘り出し物だ!」と思わせ続けてきたのである。

プレゼンスキル

また、私はプレゼンスキルに秀でている。

しかし、この点について詳しく説明すると、私のインターフェイスに言及することが発生してしまうので、最小限度にとどめたい。

ひとまず私はプレゼンが得意だし、大好きでもある。

限定された場におけるコミュニケーション

要するに私は「限定されたコミュニケーション」というものが得意である。

www.munemichi.me

目的があり、役割があり、コンテンツがあらかじめ用意されているものだ。

私は長い人生で「相手の顔色を伺い、空気を読む」ことを脅迫神経症的に行い、「本を読み、作文を書く」ことだけに静かな喜びを得てきた。

だから、「相手の顔色を伺い、空気を読」んだうえで、何を、どのような口調で話すべきかを考え、コンテンツを脳内作文し、それを過剰に自然なセリフとして演じてみせることができる。

53万なのは、私の「第一印象」力です

繰り返すが、私の第一印象はすこぶる良い。

決して「私の印象がいい」わけではない。それどころか、私の印象はほとんどの場合において一定期間後に急下降する。再上昇する場合というのは「宗倫はダメで抜けているけど、いいやつだ/頑張っている/工夫している」という状態である。

私はポンコツである。

人間には誰しも、得意な領域と不得意な領域がある。そして(観念上の)合計点のようなものがある。私の合計点は、一般人の平均能力には及ばない。ヒドイものではないが、平均ちょい下である。

にもかかわらず、私のごく一部の能力、私の一つか二つの能力が、その余の能力も高いのだと誤解を与える。RPGのステータス振り分けで考えれば、何かのステータスを上げれば他が下がることは自明である。それだのに、彼らは気づいてくれない。私はかなり早い段階で「そうではないよ、私の能力は低いよ」と申し開くが、彼らは謙遜だと受け取る。

そして私のメッキは、1ヶ月か2ヶ月経ってようやく剥がれることとなる。

あれだけ予告しておいていたのに、いざメッキが剥がれると、彼らは驚く。私はうんざりする。うんざりするが、それ以上に恐縮する。そしてノイローゼがますます深まる。

私たちが「ふつうに」生きていける時代よ、来い

私は怯えている。

私の与えた第一印象を、裏切ってしまわないかと怯えている。期待に背かないかと怯えている。実力が足りないのではないかと怯えている。

しかし、私は、そうやって怯え続ける人生に限界を感じている。怯えて張り詰め続ける人生に限界を感じている。

私たちが「ふつうに」生きていける時代は、しばらく来ないだろう。それは私たちに限らず、あらゆる社会的弱者においてそうである。

それでも私は来てほしい。

その時代の到来まで、「もう少しで救助が来る、眠っちゃダメだ」と、あなたが眠らないように声をかけ続けたい。

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